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日本人拉致問題は未だ解決をみない。
拉致家族の心情は恐れ多くて言及できない。
家族、子を持つ親としてその心情を想像することはできる。
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人を差別するつもりはないが、将軍様の肖像画が教室に掲げられ
そして教育内容も、将軍様の独裁的思想によって取り決めがなされているようだ。
あの各種学校は、一般公開されているのだろうか。
そうであれば是非一度見学に入ってみたいものだ。
税金から補助金ないしは助成金が支出されているのなら当然開放的であるべきだ。
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上記の肖像画や教育内容などは個人的な確証はなく、すべては信用の置けない
マスコミからの情報だ。
なので是非、人種差別や偏見をなくすためにも一般開放をしていただきたいものだ。
それなくしてどして朝鮮半島の民族統一ができようかと思うし、そのことは彼らの
悲願ではないのだろうか。
ほとんど詳しくはないが、38度線を境に親戚同士が別れ別れになっていたりも
するんじゃないの。
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反日運動するのは勝手にやってくださって結構だけど、祖国の問題をないがしろに
していていいんだろうかと心配になる。
ちなみに反日運動をすると、日本人もそのひとたちに反感や疑問を持つのは
人間の心理として当然のこと。まあ、それを利用しようとしているんだろうけれど。
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日本人が他国に何らかの理由で抗議するときに、相手国の国旗を燃やすところを
見たことがあるだろうか。
日の丸が燃やされる映像は、これまで沢山見たことはあるけれどね。
そういう意味では、日本がバブルっていたときに相手国の象徴的な建物を買い占めて
大損コイタのも頷ける。
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さて、最高裁でこんな判決が出た。
日の丸・君が代〈不起立〉裁判 懲戒処分に対する最高裁判決出る
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一人の人間として、その世界観や歴史観から思想を持つのは、それがどんな
ものであっても自由であるべきだというのは賛成だ。
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但し、子を持つ親として、それも公立高校に通う多感な時期の子供を持つ親として
言わせていただければ『教育の現場に一教師の個人的思想を持ち込んでほしくない』。
というのは、どんな親御さんだって思っていることだろう。
そしてその個人的思想ゆえに、職務中に組合運動という思想運動までしている現状は
親として納得できるものではない。
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そもそも教育とは誰の為のものなのか。
そして教育者とはどうあるべきなのか。なぜ先生と呼ばれるのか。
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思想を振りかざす前に上記を熟考していただきたいし、そのために何かが障害と
なっているとすれば、まずはそこと闘い情報発信するべきだ。
いつもベールに包まれた教育現場というのは、冒頭に書いたようにイタダケない。
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そもそもと書いてしまったので、ここも避けて通れない。
立憲君主制
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俺が習った社会科にはこの言葉は出てこなかったし、教わらなかった。
但し、俺が授業をサボったときにされたのかもしれない。
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この国の一番根底にあることを誰も少しも公に議論しないことにまず問題があると
思うし、最高裁にしても日の君問題にこれを含めて言及しないのは 逃げている”
と思われても仕方がないと俺は思う。
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政府見解は一応出ているようだが、この国の三権分立(これは習ったぞ)が
”本当なら” 最高裁としての見解はどうなのかな。
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余談だけれど、父方の祖父母の葬式では、ナムミョウホウレンゲキョウだし
両親の寺ではナムアミダブツだ。
俺としてはどっちでもいいのだが、数年前にご近所の不幸で葬儀に行ったときには
全く違う ”形式” だった。
例えばそれが、キリスト教だったりイスラム教だったりそれらとはまた違う宗教だっ
たりしたとしても、その場に合わせるだろう。
その弔いのセレモニーに合わせるだろう。
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入学式や卒業式は、日本の学校の大切なセレモニーだ。
とすれば、立つべきときに席を立たないのは、 ”祝福されるべき生徒” に対し、あるい
はその保護者に対し『大変失礼な行為』という見方もできないだろうか。
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いまさらだが、ずっと疎かにされてきた重要な問題をまず議論すべきだね。
文科省やら教育委員会、そしてそれぞれの教師個人、PTAも含めて公の場で
まずは天皇のソモソモからワイワイと議論させて欲しいと、親として切に願うばかりだな。
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そして忘れては困るのは、教育は誰のためにあるのかということをいつも
頭に入れておいて頂きたい。
学生のときには、高学年ほど親といる時間よりも教師といる時間の方が長いのだ。
だとすれば柔らかい脳みその子供たちに影響大なのは言うまでもない。
そこに教師個人の思想を持ち込まないってのは、ごく自然なことなんではないのか。
それでも家庭で教える躾は親がするべきで、それを教師に押し付けるつもりはない。
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これを書いたからといって息子の成績を下げないで頂きたい、ともお願いしておきましょうかね。
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